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YOSA 大阪の専門業者
このように、フードという会社の社風は直情径行型であり、純血主義であり、野武士の気質である。
だから、本社直結主義なのである。
そうした企業文化をもつフードは、どういう再編パターンを描いているのか。
世界の量産型総合自動車会社は、上ののような需要構造のピラミッドを頭のなかで描いて、戦略を立てているものである。
フードも例外ではない。
この三角形の項点のは、スポーツカーの市場である。
ここは、きわめて限られたお客が対象となる。
カーマニア、もしくはカーマニアもどきである。
お客は多くないが価格は高い。
は高級車(ラグジュアリーカー)の層である。
これまたお客が限られ、量はそれほど多くない。
そのかわり、価格的にはスポーツカーにつぐ値段がつけられる。
は大型車(インターメディエイカー)、は中型車(スタンダードカがりはますます大きく 、層もあっくなる。
さらにいえば、この下にミニカーという層がある。
これは、二一位紀四半期の主流になる層であろう。
ここでへを担当する企業としては、フードのばあいへ八七年に完全支配したスポーツカー・メーカーのアストン・マーチンがある。
ただしフードは、まだテコ入れしていない。
潮の満ちるのを待っている感じである。
GMは八六年、イギリスのロータスに資本参加したものの、九三年に撤退した。
これら一連のスポーツカー・メーカー再編のドラマをみると、量産車を基本的体質とするアメリカ企業には、経営的にも、技術的にも、この分野はそぐわないのかもしれない。
たとえばドイツのフルクスワーゲンは九八年七月、ランボルギーニを完全買収した。
その直後、同社はアルゼンチンにランボルギーニの工場を新設する計画を発した。
総投資額一億ドル、初年度は年間五〇台、いずれ三五〇台生産する。
これは、この企業が早くもスポーツカーを手がける総合自動車会社たらんとする胎動である。
フードにとって、がジャガーである。
フードは、もしジャガーを買収しなかったら、この層もまた空白になるところだった。
当時、GMもまたその買収に動いていた。
当初だれしも考えていたことは、紳士の国イギリスの高級車メーカーは、同じく紳士の企業GMに買収されるのがいちばんべストな選択ということだった。
それが、フードに落ちたのは六〇億ポンドという巨額の金が支払われたこと、ジャガーのブランドは永久に残すことなどの条件がきいていた。
もしGMが奪っていたら、フードにとっては、みずからはこの部分が空白になり、さらにライバルGMに高級車ブランドを奪われるという二重の損失になっていたはずである。
敗れたGMは、間髪を入れず、同じくスウェーデンの高級車ブランド、サーブを買収した。
しかも、である。
フードは九九年一月、B社乗用車部門を一〇〇%買収したことは、すでに述べた(四章)。
これで、フードは高級車部門に、みずからのブランドであるリンカーンに加えて、ジャガーへB社の三大高級車部門をそろえることができた。
これがGMのキャデラック事業部にかなり刺激を与えることは必定である。
GMは四億五〇〇〇万ドルをかけて高級車工場を新設、これまでヨーロッパで生産していたキャデラック・カテラを二〇〇一年よく生産開始し、劣勢の同事業部の挽回をはかる。
とする分野だからである。
問題は、からにかけてである。
ここには、基本的にヨーロッパ・フードがある。
ドイツ・フードとイギリス・フードをまとめたものである。
そのうちの一角を占めているのがマツダである。
つまり、マツダの位置は、フードの世界戦略のうえからいえば、ヨーロッパ・フードとあいたずさえて、このと分野を固める役目となっている。
それをつなぐ糸は、「フード・NO計画」である。
この戦略のもと、プラッフームの共通化をはかり、部品・資材の世界最適調達をすすめ、さらにはコスト・ダウン・システムを推進する。
この意味でこのと分野は、当面、ヨーロッパ・フードとマツダの連携プレーでのみすすめられる。
フード幹部に取材すると、"Mazda,thebeStpartnerintheworld"(マツダは世界中で最良のパーナ)という説明句が、かならずといっていいほどついてまわる。
GMにとっていすはourfamiy(わが家族)であった。
「家族」と「パーナ」は、企業をさすばあい、どのようなちがいがあるのか、アメリカ人の語感はほんとうのところはわからないが、「家族」は常識的に考えれば、欠落したら重大な損失となる存在だ。
たしかに、いすゞが欠落したら、GMのディーゼル・エンジン戦略は重大な失点となる。
夫と妻である。
フードにとって、ジャガーは親子だが、マツダは仲間なのかもしれない。
そのかわり、親子はよほどのことがない限り緑は切れないが、仲間、夫婦は離別もありうる。
取材していると、ことによると、兄弟という関係なのかもしれないと思うことがある。
兄弟ならへ親しい兄弟もいるし、離反している兄弟がいてもおかしくない。
すでにへ未来技術の核心たる燃料電池も、フード経由でバラード型の供給がたしかなものとなっている。
このうち、上から二段目の高級単三ブランドに注目ねがいたい。
添えた数字は九八年アメリカ市場での販売台数とシェア(全乗用車市場を一〇〇とする)である。
B社は当時まだフード傘下ではなかったが、これを含めて合計すると三ブランドで二六万台以上、合計シェア三・二%となる。
ということは、なにを意味するか。
GMのキャデラック部門をみる。
ここは、九八年一八万二一五一台、シェアは二・二%だった。
フード高級車部門に八万台以上、シェアにして一・〇%の差をつけられているのである。
もし、フードがB社を一〇〇%買収していなかったら、フードの鼻はこのように高くはならなかった。
それが、いまGMをして工場新設をはじめ高級車戦略志向にかりたてているのである。
一九九八年一〇月、ダイムラー・ベンツの新車Sクラスの試乗会に参加した。
ダイムラー・ベンツとしては、C社との合併前の最後の新車発であり、社名にベンツとつ時代の最後のイベントであった。
だから、同社幹部との話題は当然のように、合併に関するあれこれとなった。
ダイムラーC社(QO)合併の日、その日を関係者は「デイ・ワン」と呼んでいた。
両社の株主が株式交換を終えて、文字通り新会社がスターする日である。
その「デイ・ワン」の日、新生DCは一九九九年から二〇〇一年にいたる技術開発計画、生産構想、販売構想、人事構想、法規関係の処理についての構想を発した。
「デイ・ワン」は、新社をつぎのような形でスターさせることになった(六五ページ参照)。
つまり、対等合併とはいうものの、新会社の出資比率はダイムラーの株主が一対一クライスラーの株主は一対〇・五四七、従業員数はダイムラー・ベンツが三〇万人台、クライスラーが一二万人台、重役陣(経営陣を含む)はダイムラー・ベンツのほうが多くなる。
さらに決定的なことは、当初は、共同会長制をとるものの、二〇〇三年からはシュレンプ氏が単独会長になることである。
イ1ン会長は、DCが軌道に乗ったら、シュレンプ氏に早くゆずってもいいという意向だともいわれている。
となれば、当面は本社は二カ所だが、二〇〇三年から実質的にはドイツのみになる。
法人戸籍がドイツなのだからへこれは理にかなっている。
DCの公用言語は、英語である。
これは、今度の合併が、ほんとうに世界企業たらんとするダイムラー・ベンツの意欲のれであろう。
と同時に、C社への深い配慮でもある。
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